十田和湖冬

2025 年 4 月 22 日

かつて、四季(「Towadako」シリーズでいうと“五つの季節”)が当たり前のものではなかった時代がありました。例えば、アングロ・サクソン時代には、季節が「夏」と「冬」の二つに限られていたと考えられていました。昼が長く穏やかな「夏」、そして昼が短く厳寒な「冬」だけが存在するとされていたのです。特に「冬」は、時間の流れを示す重要な指標とされ、アングロ・サクソン人は生きた年数を“冬が訪れた回数”で数えたとも言われています。家に暖房がなかった時代、冬は過酷で厳しい季節として恐れられていましたが、その厳しさの中に、冬は象徴的で心を惹きつけるような魅力があったのかもしれません。

北日本に位置する十和田湖。その湖畔で、「Towadako」シリーズの最終章となる「Towadako Winter」を作曲するNickWoodの心には、厳しくも美しい冬という季節のコントラストが強く浮かんでいました。東京と青森を結ぶ新幹線の車窓から、彼は冬の景色を眺めながらこの季節に対する想いを語ります。「十和田湖の冬は一年の中で最も過酷な季節ですが、それと同時に最も美しい季節でもあります。この時期、私の小さなボートハウスへは積雪のため簡単には辿り着けず、雪の中を歩いて向かうしかありません。しかし、この隔絶された静寂こそが、特別な何かを感じさせてくれます。温もりのある部屋の中から極寒の湖を眺めると、自然への敬意と感謝の気持ちが湧いてくるのです。」

Woodのスタジオは、青森と秋田の県境に位置するカルデラ湖である十和田湖の湖畔にあります。広大な湖は冬の間も完全には凍りませんが、その周囲は深い雪に覆われ、厳寒な風景が広がります。この環境の中でWoodは冬を音楽で表現するだけでなく、季節そのものを体感し、そのエッセンスを楽曲に取り入れました。時には気温が氷点下10度を下回ることもある十和田湖。この氷の世界にインスパイアされたWoodは、氷を楽器(アイス・マリンバ)として活用したのです。地元の八戸製氷冷蔵で作られた氷柱は、慎重にスノーモービルでスタジオに運ばれ、さまざまなマレットで演奏されました。その氷の音色は「TowadakoWinter」之センターピースとなり、楽曲に独自の深みを与える重要なモチーフとなったのです。この氷で作られた楽器は、身の回りの世界から音を引き出し、それを新たな形で作曲に取り入れる、という彼の探求心の象徴であり、自然との融合を目指す彼の音楽的アプローチを如実に示しています。


厳冬の十和田湖での生活の中で、Woodは温もりや仲間同士の絆についても深く感じることがありました。その感覚は、この楽曲にも色濃く反映されています。「私はよく2匹の犬と一緒に広大な森を散策しますが、彼らには感謝しています。もし彼らがいなかったら、あんなに森の奥深くまで歩いて行くことはなかっただろうと感じます。雪の積もる森では、音の響きが他の季節とはまるで違って、驚くほどに鳥たちのさえずりが森全体に響き渡ります。雪が音を吸収することで、そのさえずりがより一層鮮明に聞こえ、夏のように蝉の声にかき消されることもなく、静寂の中で鳥の声が際立つのです。」

これまでの「Towadako」シリーズの作品と同様、最終章「Towadako Winter」にもボーカリストや演奏者が参加し、楽曲に温もりと人間らしさを加えています。Halley(ギター)、Alexander Motovilov(ピアノ)、Norico(ボーカル)に加え、今作ではMartha Collardがゴング、グラスハープ、フィンガーベル、Ariel Solがハープを奏でています。さらに、長年のコラボレーターであるYulaYayoiがボーカルを担当し、彼女の独自の歌声は楽曲に深い情感を宿し、その哀愁を帯びた声色が、シリーズの終焉を象徴しているかのよう。Woodはシリーズの締めくくりについて次のように語っています。「このプロジェクトは非常に貴重な経験でした。終わってしまうのは少し寂しいですが、1年間に5つの楽曲を作曲しプロデュースするという挑戦を楽しむことができました。この経験を活かし、2025年には新しい作品をリリースしたいという気持ちがより強まりました。また、自然の音を録音し、PlantWaveを使って自然とコラボレーションするという、より多次元的で没入感のあるプロジェクトに関わることができたことに大きな意義を感じています。」


ついに、「Towadako」シリーズの全章がリリースされました。五つの季節を通じて生み出された、合計130分以上にわたる音楽は、新たな可能性を秘めています。音楽プラットフォームでの視聴に加え、没入型オーディオ体験や、ホスピタリティやウェルネスブランドとのコラボレーションなど、本シリーズが目指す分野はますます広がりをみせています。自然を音楽で描くという試みは、まだ第一章に過ぎないかもしれません。この先、聴く人それぞれが自分なりの解釈で楽しみを見つけ出し、それこそがこの全5曲の真の魅力を深める第二章となることでしょう。

冬が春へ、春が夏へと移り変わるように、この終わりなきサイクルの中で、新たなリスナーがそれぞれのタイミングで「Towadako」シリーズに出会い、その瞬間に感じる感動を、私たちは心から楽しみにしています。そして、このシリーズが次なるインスピレーションの源となり、WoodとSynチームは新たな可能性を追い求め、さらに大胆な展開へと進んでいきます。これからの音楽の旅にも、どうぞご期待ください。